例えば危ない橋だったとして
トイレに足を踏み入れようとしたところ、中から会話が聞こえる。
「黒澤さんびっくりじゃない!? どうしちゃったんだろ」
「榊さんとケンカ中?」
また隣の部署の人だ。こんな時に限って、何故こんな会話を聞いてしまうのか。
「別れちゃえば良いのにねー!」
そう言ったひとりが、出口へ向かって歩き出したようで、足音が近付いて来た。
確実に鉢合わせるけど……もうどうでもいいや。
「あ……」
角を曲がり現れた彼女は、わたしの顔を見るなり気まずそうに目を逸らした。
わたしは真顔のまま彼女の横を擦り抜け、音を立て個室のドアを閉めた。
座って足元を見つめた。
よく言えるなぁ、人の恋愛のことあんな風に……。
別れる? 皐と?
そういう風に見える?
しばらくそのまま、ぼんやりと目の前のドアを眺めていた。
今の間にもうひとりも立ち去ったようで、トイレの中は静まり返っている。
滲んだ涙を拭い、大きく息を吸って吐き出し深呼吸をすると、幾らか心が落ち着く気がした。
やっぱりあれは、わたしの知ってる皐じゃない……。