例えば危ない橋だったとして
黒澤くんとふたりきり……その事実を意識すると、少しばかり冷や汗が流れた。
彼を横目で盗み見ると、涼しい顔をしてPCを見つめている。
なんだ、やっぱり気にしてないのか。
ホッと胸を撫で下ろし、作業に戻った。
「この辺で帰るか~……後は来週で大丈夫だろ」
それから30分後の8時過ぎ、黒澤くんが伸びをした。
「伸びなんかするんだ……」
心の中で考えただけのつもりだったが、仕事が終わって気が抜けたのか声に出ていたことに気付き、慌てて口を手で覆った。
「何言ってんの? 伸びくらいするだろ」
「いやっ、何ていうかさ……黒澤くんって、素を見せないような感じがするというか」
笑って取り繕うと、黒澤くんはわたしから視線を外し、黙ってしまった。
もしかして、何かまずいこと言った……?
不安を感じていると、しばし沈黙していた黒澤くんが口を開いた。
「……それは、建前だよ」
「えっ……」
驚いて、口が半開きのまま絶句してしまった。
黒澤くんが、再びわたしの方へと視線を戻す。
そして、デスクの前へ詰め寄り、わたしを囲うように音を立て手を付いた。