例えば危ない橋だったとして

黒澤くんは、ある店の前で歩を止め「此処で良い?」と声を掛けて来たが、わたしの返事を待つことなく中へ入った。

「ちょっと……」

まだ何も返してないのに、と思いあぐねていたが、その有無を言わさぬ対応に仕方なく付いて入った。


その店は、お洒落な雰囲気の居酒屋だった。
そういえば、お酒を飲むとかお茶をするとか、何も考えずに声を掛けてしまったことに今更気付いた。

お酒を飲んで大丈夫だろうか。一抹の不安が頭をもたげたが、もう遅い。
店員が奥から歩いて来るのが見えたと同時に、右手の水槽が目に止まった。

「可愛い」

わたしが呟いたので、黒澤くんもわたしの視線の先を確認した。
そこには小さな熱帯魚がたくさん泳いでいた。

「鮮やかだな」

黒澤くんがわたしに返すと同時に店員に話し掛けられ、通された奥のテーブルに向かい合って座った。
とりあえず生ビールを注文する。


「魚好きなの?知らなかった」

店員が下がると、黒澤くんに問い掛けられた。

「言ってないもん」

何となく気恥ずかしくて視線を逸らし、素っ気ない返事になってしまった。

「家でなんか飼ってる?」
「金魚は昔飼ってたけど、死んじゃった」

「うちも昔、金魚飼ってたなぁ」

メニューに視線を落としながら、前回の飲みの際の出来事を思い出した。

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