例えば危ない橋だったとして
黒澤くんがわたしの顔を覗き込む。
しばし見つめ合うような格好になった。
わたしはそこで気付いた。
わたしは今日、がっかりさせて欲しかったんだ。
黒澤くんに幻滅したかった。
そうしたら、元の“恋なんかしない”わたしに戻れるんじゃないかって。
本気で恋をするのが、どうしようもなく怖いから──
「お待たせしましたー」
頼んでいたシャンディガフのグラスが目の前に置かれる。
わたしが一番好きな、ビールをジンジャーエールで割ったこのカクテル。
扉が閉められた瞬間、気持ちを落ち着かせようと、喉を鳴らして飲んだ。
グラスをテーブルに置くと、黒澤くんが身を乗り出して更に近付いて来た。
ソファが微かに軋む。
「榊。俺と付き合うことは、やっぱり考えられない?」
黒澤くんが核心を突いて来て、心臓がドキッと脈打った。
「……黒澤くんがどうとかじゃなくて、誰とも……」
「……そう。理由は、教えてくれない?」
真剣な眼差し。
黒澤くんが真っ直ぐに気持ちを向けて来てくれたのに、此処で答えなかったら、ずいぶんと失礼だと思った。