例えば危ない橋だったとして
黒澤くんは少し躊躇った後、掴んでいたわたしの腕から手を離し、起き上がった。
携帯の画面を確認し、電話に出た。
「どうかした? え? ……ちょっと、落ち着けよ、蓮(れん)」
わたしも身体を起しながら、彼の様子を見守った。
「そっか、手術……いや、俺だってショックだけどさ……」
手術……? そういえば、この間の電話でも黒澤くんは『病院』と言っていた。
またご家族だろうか。
「わかった、これから帰るから。うん、じゃあ」
電話を切った黒澤くんの後ろ姿は、肩を落しているようだった。
溜息を吐いた後、こちらを振り返った。
「ごめん、弟が取り乱してるから帰るわ……」
「う、うん……大丈夫? 黒澤くん……」
その表情は、電話の前とは打って変わって、生気の失われたような面持ちをしていた。
虚ろな目元でわたしの顔を見た後、肩に顎を乗せて抱き締められた。
「……少し、こうさせてて……」
また初めての黒澤くんに出会った。
彼がこんな弱々しい仕草を見せるなんて。
何があったんだろう。
ご家族が病気か何かなんだろうか。
わからなかったけれど、わたしは何だか切なくて黒澤くんの背中をぐっと抱き締め返した。