例えば危ない橋だったとして
「何固まってんの?」
「黒澤くん……」
振り向くと黒澤くんが立っており、その後方から先程の噂話の主の黄色い声が聞こえて来た。
多分あのトイレを使っているのは隣の部署の人だ。此処へ来るよね?
わたしは咄嗟に黒澤くんの腕を掴んで、反対側の角を曲がり資料室のドアの前に身を隠した。
声を潜めて彼女達が部屋の中へ入って行くのを待った。
ドアが閉まって人の気配がなくなり、緊張から解放される。
「……何で隠れる必要があるの?」
黒澤くんが不思議そうに疑問を投げ掛けて来た。
「えぇっと……あのぅ~あんまり仕事以外で喋ってるとこは、見られない方が良いかなぁってー」
わたしはしどろもどろで、言葉を返した。
「……何か言われたわけ?」
「言われたっていうかー、見られたっていうかー……」
黒澤くんはわたしの様子に何かを察したのか、その整った顔で見透かすような微笑みを浮かべた。
「言ってやろうか? 俺が榊の彼氏ですって」
「!!」
わたしの顔は、途端に真っ赤に染まってしまったと思う。
恥ずかしくて、またつっけんどんな対応をしてしまう。
「誰が彼氏だって?」
「……それ、地味に傷付くなー」
黒澤くんがいじけたような顔をして、そっぽを向いた。
うわっ、何その可愛い反応。
「いや、あの……ごめん……」
わたしは俯いて声を絞り出した。
顔の火照りは収まりそうにない。