例えば危ない橋だったとして

黒澤くんは少しだけ頬を赤らめて返した。

「じゃあ、デートして。それで許してあげる」
「デッ……!?」

「5時45分、駅の中央線の改札で待ち合わせ」

そんなの、誰かに見られたらまた……。
黒澤くんは、反撃しようと開きかけたわたしの口を、唇で塞いだ。

「じゃ、そゆことで」

わたしの肩をぽん、と叩いて、颯爽と部屋へ戻って行った。

ひとり残されたわたしは、わなわなと震えながら、口を両手で覆う。
こ……これこそ、誰かに見られたらどうすんの!?
壁際にズルズルと、座り込んでしまった。

「……ズルい……」

膝の上に顔を乗せて、頭を掻く。
熱い顔を手で仰いで、火照りを鎮めようと試みた。
軽く触れただけのキス。
なのに、心臓が速く脈打ち過ぎている。

深呼吸して、少し冷静さを取り戻した。
……ずるいのは、わたしの方か……。
黒澤くんの気持ちを、弄んでいるのかな……。
少し瞼を伏せて、ぼんやりした。

誘ってくれたのは、正直嬉しかった。
浮かれている自分も確かに存在している。
だけど、今感じている胸の痛み、切なさも本当だ。
胸元で、掌をぐっと握った。

複雑な気持ちを携えたまま、部屋へと向かった。

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