例えば危ない橋だったとして
昼からの仕事は、思ったよりも冷静にこなせていた。
いつでもこのくらい平穏に働けるのなら、彼氏がいても問題ないのかもしれない、とも思った。
わたしがもっとしっかり立てるようになれれば……。
無事に今週の業務も終了した。
わたしは黒澤くんが出て行くのを確認して、トイレに寄って少し化粧を直してから待ち合わせの改札へと向かった。
時間を終業から15分後に設定したのは、定時で帰る人達との鉢合わせを避けるためだろう。
黒澤くんなりの気遣いだと感じた。
改札口付近には、会社の人間と思しき姿は見当たらなかった。
黒澤くんの読みが当たったというわけだ。
安堵の表情を浮かべていると、背後から声が聞こえた。
「行くぞ」
黒澤くんが、わたしと顔を合わせるでもなく、改札を抜けてすたすたと歩いて行くので、急いで後を追う。
すぐにやって来た電車に乗り込む。
周囲を見回して確認した後、黒澤くんが吹き出した。
「何だこれ。犯罪者にでもなった気分」
「ほんとだね、あはは」
「何も悪いことしてねーのに」
昼間の黒澤くんの言葉を思い出した。
『言ってやろうか? 俺が榊の彼氏ですって』
黒澤くんは、皆に公言してしまって堂々と付き合う方が良いのかもしれない。
それを妨げているのは、わたしか……。
何をしているんだろうな、わたしは……。
体に響く電車の揺れのように、わたしの心も揺れていた。