例えば危ない橋だったとして
静かにドアを開け、中を伺う。
すると、唐突に腕を捕まれ中に引き摺り込まれた。
「きゃっ」
ドアが音を立てて閉まった。
弾みで倒れ込んだが、痛くない。
黒澤くんの腕の中に抱きとめられていた。
倒れたままの姿勢で、腕に力を込め動こうとしない。
「あの……黒澤くん?」
黒澤くんの胸の前で身動きが取れなくて、表情が見えない。
うるさい心音は、どちらのものだろう。
混ざり合ってよくわからない。
黒澤くんの指が、わたしの髪をすいた。
優しい手付きが、とても心地良い。
「……榊、俺……」
黙っていた黒澤くんが、口を切った。
明らかにいつもと声色が違う。
震えそうなその声は、あの夜を思い出した。
電話を受けた後、弱々しくわたしを抱き締めたあの日。
わたしの肩を抱いていた手の力が若干緩められ、黒澤くんの顔を見上げた。
悲しそうな顔付きに思えて、胸が痛む。
「どうしたの……? ご家族に何かあった……?」
黒澤くんが驚いたように目を見開いた。
「……あ……言いたくなかったら、全然、良いんだけど……」
わたしは躊躇いつつも、絞り出すように口に出した。
「わたしで良かったら、話、聞くから……」
黒澤くんは眉間を寄せて険しい表情になったと同時に色っぽい目付きでわたしを見つめ、語調を強めて言った。
「……榊は彼女じゃないんでしょ!?」
その言葉に我に返り、上半身を少し起こした。
「……そうだよね、ごめ……」
わたしの後頭部に手を当てがったかと思うと、頭を引き寄せ、言葉を遮って黒澤くんが唇を奪った。