例えば危ない橋だったとして

黒澤くんが片手を頭に添えて俯いた。
何か言わなきゃ。何か……。

「……そ、そんなこと思ってな……」

何とか声になったものの、その言葉はあまりに小さく、黒澤くんに届いたのかすら疑問だ。


黒澤くんが立ち上がり、服を拾い、着始めた。
まずい、止めなきゃ……。

「黒澤くん……!」

わたしは焦って黒澤くんの元へ寄り、腕を掴んだ。

すると、ぱしっと冷たく手を払われた。


拒否、した。
黒澤くんの優しい手が、わたしを


「……ごめん」

やはりわたしに背を向けたまま、黒澤くんは小さく呟いた。

「……月曜からは、ちゃんと元に戻るから、今は放っといて……」

元? 元って?
わたしの頬には、静かに涙が流れ続けていた。


黒澤くんがジャケットを羽織る音が響く。

「此処宿泊になってるし、榊はゆっくりしてけば……」

ドアに向かって歩きながら、黒澤くんは最後に一瞬だけわたしを一瞥して出て行った。
その顔は険しく、そして悲しそうで、切なげだった。


わたしはしばらくその場から動けなかった。

事実を飲み込むことも出来ず、ただただ呆然と、宙を見つめていた。

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