マザコン彼氏の事情
 午後からは、午前の忙しさが嘘だったかのように電話が鳴る回数も減った。
 これだったら、無理に昼休みを削る必要は無かったな。
 ちょっぴり損した気分。

「ただいま」
「お疲れ様です」

 龍くんが帰って来た。

「吉田さん、気分良くなった?」
「はい。頂いた薬が効きました。ありがとうございました」
「それは良かった。くるみ、ちょっと僕のデスクに来てもらえる?」
「えっ? あ、はい」

 何だろう?
 予想もつかず、彼の後をついて行く。
 この時間、営業社員は外に出ていて、営業部には龍くんの他に二人しか姿が見えなかった。

 
「これなんだけどさ」
 
 彼が手にしていたのは三種類のファイルだった。
 どれも背表紙が三センチほどのもの。
 開くと、留め具の作りに目がいく。
 外観は同じでも、中側がこんなに違うとは。

「どのタイプが使いやすいと思う?」
「そうね……これは二段階に外さないといけないから面倒。これは一回で済むところがいいわね。だけど書類の枚数が多くなるとちょっと頼りないかも。こっちはその両方をクリア出来そうだから、これがいいんじゃない?」
「合格」
「えっ?」
「商品を見る目も確かになって来たね」
「そ、そう? 何か恥ずかしいな」
「よし。それじゃ、来週の営業会議でくるみを栗原の担当に推薦しておくよ」
「えっ?」

 龍くんの……じゃなくて、栗原くん?

「どうした? もうそろそろ誰かの担当に付いてもいい頃だろ?」
「それは有難いんだけど、てっきりそういう事はチーフから言い渡されるものだと思ってたから」
「もちろん最終決定はチーフさ。受注のメンバーとの兼ね合いもあるだろうから」
「そうだね」
「どうした? 栗原が嫌?」
「ううん、そんな事ないよ。彼最近大口の注文を取って来たりして頑張ってるもん」

 あ、そう言えば、今日も注文取れるかもしれないって言ってたな。
 もし取れたら、聞いて欲しい事があるって。
 
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