マザコン彼氏の事情
 退社時間になった。
 栗原くんの仕事が終わるまで、わたしと真保ちゃんは食堂で待つ事にした。
 無料の自動販売機から、缶コーヒーを出して真保ちゃんと飲んだ。

「ごめんね、真保ちゃん。急に誘って大丈夫だった?」
「それは全然。一人暮らしだとそういう自由は利きますから」
「そうね。これが実家暮らしとかだと親に文句言われるよね」
「ですね。もう夕食用意したのにーって」
「そうそう」

 って、話を合わせたけど、実家にいた頃、夕食の支度をしていたのはわたしだった。
 だから、父親から急に遅くなるって連絡があった時に怒るのはわたし。
 そうそうって言ったのは、子の立場からでは無く、妻のような立場から出た言葉。

「……岡嶋さん」
「何?」
「本当は彼、岡嶋さんに告白したんじゃありませんか?」
「えっ?」
「日頃の彼を見てたらわかります。仕事頑張って、結果が出たから岡嶋さんに告白したんじゃありませんか?」
「真保ちゃん、するどい。ごめん、何て言ったらいいかわからなかった」
「でしょうね。でも良かった。そんな事無いよって嘘つかれなくて」
「あ、でもね、ちゃんと断ったから。龍くんと付き合ってるって事も話したから」

 それでも諦めませんからって言われた事は、やっぱり言えない。
 真保ちゃんが好きだから、これ以上傷つけたくなかった。

「そうですか」
「だ、だからね、今日の飲み会で、もっと接近しちゃって。後押しするから」
「ありがとうございます。うん。そうですね。わたしも諦めません。いつか振り向いてくれるように頑張ります」

 わたしもって……。
 真保ちゃん、きっと栗原くんの性格がよくわかっているのね。
 
「お待たせしました」

 そこへ走って現れた栗原くん。
 ぱっと立ち上がって笑顔で迎える真保ちゃんの姿に胸が痛んだ。
 どうか真保ちゃんの気持ちが彼に伝わりますように。

「どこに行く?」
「俺の行きつけの店でいいですか?」
「へぇ~栗原くん、そんな店があるんだ」

 それから彼に連れて行かれた店は、洒落たイタリアンのお店だった。

「栗原くん、こんなお洒落なとこに来るんだね」
「取引先のお客さんに教えて貰ったんです。料理も美味いから、それからも友達誘って何度か来ました」
「へぇ~」

 あらかじめ予約しておいてくれたのか、コース料理が運ばれて来た。
 グラスワインで乾杯をし、お皿に上品に盛り付けられた前菜に舌鼓を打つ。
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