マザコン彼氏の事情
「静かで、落ち着ける店ね」
「ああ。よくお客さんとの交渉でも利用するんだ」
「そうなんだ」

 すぐに瓶ビールと霜の付いたグラス、お通しをお盆に載せた女将さんが戻って来た。

「食事は任せるよ。頃合を見て適当に持って来て」
「わかりました。それではごゆっくり」

 プシュっと音を立てて栓が外れた。

「どうぞ」
「あ、ありがとう」

 龍くんは手馴れた手つきで琥珀色のビールをグラスに注いだ。
 わたしは慌てて瓶を受け取り、今度は彼のグラスに注いだ。

「サンキュ。それじゃ、お疲れ様」
「お疲れ様」

 テーブルの中央でチリンと触れるグラス。
 二人で同時に喉に流し込んだ。

「あー、生き返った」
「本当。このビール、良く冷えてて美味しいね」

 お通しの小鉢に入った料理も美味しかった。
 和食が上手に作れる人は尊敬する。
 お母さんが亡くなってからずっと料理はして来たけど、和食、特に煮物の味はいつも定まらない。
 適当に味付けしてるっていうのもあるけど、毎回味が変わってしまう。

「どう? 栗原の担当は」
「栗原くん頑張ってるから、わたしも頑張ってサポートしてるよ」
「七月の営業成績、あいつトップに立つんじゃないかな」
「本当? そうなったらきっと励みになるね」
「ああ。若手のホープだから期待してるんだ」
「龍くんは、元から栗原くんと親しいの?」
「年は離れてるけど、結構気が合うというか、構ってやりたくなるタイプだね」
「そうなんだ」

 その後も、女将さんの手料理が、絶妙なタイミングでテーブルに並んだ。
 どれもこれもすごく美味しい。
 龍くんはビールの後、日本酒に切り替えたけど、わたしはビールをスローペースで楽しんでいる。
 今日はお酒より、出て来る料理を堪能する方が楽しかった。

「くるみは、何でも美味しそうに食べるね」
「だって本当に美味しいもん」

 龍くん、ちょっと呆れ顔だよね?
 でも気にしない。
 
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