マザコン彼氏の事情
 日曜日。
 昨日の雨が嘘だったかのように、朝から良い天気だった。
 夏の日差しから身を守る為に、UVローションを手足に塗り、日傘を差して街に出た。
 これと言って目的も無いままプラプラ歩いていると、前方からわたしの名前を呼ぶ声。
 龍くん?
 違う。
 彼はわたしを岡嶋さんとは呼ばない。
 声の主は、栗原くんだった。

「栗原くん?」
「おひとりですか?」
「うん」
「重見さんとデートじゃないんだ」
「今日はお母さんと買い物に行くんですって」
「そうなんだ。俺だったら、彼女一番、友達二番、親は最後の最後だけどな」
「彼、お母さん想いだから」
「そうでしたね」
「栗原くん、あなたも彼の事、マザコンだって思ってる?」
「まあ。でも、それが悪いとは思いません。仕事も出来て、俺にも気を掛けてくれる。良い先輩です」

 ありがとう。
 そう思ってくれていて嬉しいよ。

「暇なら、お茶でもしませんか?」
「えっ?」
「ここでこうして会えたんだし、ねっ、いいでしょ?」
「栗原くんは、予定があって歩いてたんじゃないの?」
「いいえ。この天気に誘われて、家でじっとしてるのはもったいないなと出て来ただけです」
「そう。それじゃ、どこかで涼みましょう」

 どこに入ろうか。
 お昼が近いので、どの店も混んでいた。

「ちょっと裏通りになりますけど、小さな喫茶店があるんです。そこだったら、少しは席も空いてると思います」
「それじゃ、そこに行きましょう」

 時間を追うごとに高くなる太陽。
 その日差しに閉口したくなる陽気だった。

「くるみ?」
「龍くん?」

 路地を曲がった所で、前方から歩いて来る龍くんと会った。
 その隣には、わたしと同じように日傘を差した女性。
 あっ。
 この人が、龍くんのお母さんなんだ。

「くるみ、何で栗原と歩いているんだ?」
「さっき偶然会っちゃって」
「折角だから、お茶でもどうかと誘ったんです」
「俺がいるのに、人の彼女を誘ったのか?」
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