マザコン彼氏の事情
「あの、良かったらお茶でもどうですか?」
「えっ?」
「あ、もう0時回っちゃってますね。誘ったら迷惑ですね」
「いいの?」
「ええ、わたしは全然」
「ありがとう。それじゃちょっとお邪魔させてもらおうかな」
「どうぞどうぞ」

 わたしは軽い気持ちで彼を家に上げた。

「狭い所ですけど、さあどうぞ」
「ごめん。ちょっと母に電話していいかな?」
「ええどうぞ」

 彼は携帯を耳に当てた。

「ああ、母さん? ごめん遅くに。今、会社の後輩の家にいるんだけど、ちょっと遅くなる。先に寝てて」

 そう言うと、彼は電話を切った。

「ごめん。母さん、僕が連絡するまで寝られない人なんだよ」
「重見さんの事、大切に思っていらっしゃるんですね」
「大ざっぱな人なんだけどね。そういう所は気にしちゃって」
「あら、わたしも大ざっぱな性格なんですよ」
「知ってる。だから、飲み会の時、母に似てると思ったんだ」
「ああ」

 そこだったんだ。
 お母さんと似てる点って。
 ちょっと複雑。
 だけど、性格だから変えようもないしね。
 まっ、いいか。
 うん?
 ちょっと待って。
 わたし、重見さんとゆっくり話したのって今日が初めてなのに、もう性格バレちゃったの?

「コーヒーでいいですか?」
「ああ」

 電気ポットでお湯を沸かし、お揃いのマグカップにコーヒーを入れた。
 お揃いと言っても彼氏の為に用意したとか言う訳じゃない。
 友人も来ないけど、何となく食器は同じ物で揃えたくなる。
 割れた時の予備という言い方も出来るけど。

「どうぞ」
「ありがとう」

 彼は、マグカップに口を近づけ、フーフーと息を吹きかけるとすぼめた唇から流し込んだ。

「熱っ」
「大丈夫ですか?」
「僕、猫舌なんだ」
「わたしもです。しばらく置いてからじゃないと飲めなくて」
「そうなんだ」
「ええ。だから、ラーメンとかも食べるのに時間かかるんです」
「僕も」

 彼の笑顔にドキンとした。
 母性本能をくすぐられる。
 わたしより六つも年上-----わたしは二十二歳-----なのに。

「ところで、岡嶋さんって、下の名前何だっけ?」
「くるみです」
「くるみちゃんか。良い名前だね。母さんが言ってた。僕にもし妹がいたら、くるみっていう名前を付けたかったって」
「そうなんですか?」

 わっ、何だか嬉しい。
 重見さんのお母様に会ってみたくなっちゃった。

「くるみ……いい響きだね」
「龍さんって名前も好きですよ」
「それも知ってたんだ」
「受注ですからね。営業の人の名前は、画面でもフルネームで出てきますから」
「そうか。何だ。僕の名前だけ特別に覚えてくれてるのかと思った」

 実はそうです。
 会社に入って、あなたをいいなと思ってから最初に名前を覚えました。
 心の中では、重見さんではなく、龍くんって呼んでたんですよ。

「ねえ、くるみって呼んでもいいかな?」
「えっ?」

 ドキンと跳ね返る心臓。
 好きな人に呼び捨てされた事なんて一度もないから、それだけで舞い上がりそう。

「僕の事も、名前で呼んでよ」
「龍くん……でいいですか?」

 ここはチャンスだ。
 もう遠慮なんかしないで突っ走ろう。

「いいよ。母さんからも同じように呼ばれてるから」

 母さん。
 やっぱりいつでもお母さんの事がちらつくんだね。
 いつか、お母さん以上の存在になれるかな?
 わたしの方が大切だって思ってもらえるかな?

「くるみ、僕と付き合ってくれる?」
「もちろんです」

 やった。
 これで彼の彼女になれるんだ。
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