マザコン彼氏の事情
 段々と足が遅くなり、そこにあった電柱を支えに泣いた。
 周りに人がいるのかいないのか、そんな事を考える余裕さえ無かった。

 わたし、家に戻ったって事は、ちゃんと電車に乗ったんだよね?
 龍くんの家からここまで、どうやって戻ったのかよく覚えていなかった。
 アルコールが入ってる訳でもないのに変なの。

 あーあ。
 わたし達、終わっちゃったんだね。
 ここに帰って来るまでどれだけ泣いたんだろう。
 涙が枯れるとは良く言ったものだ。
 本当にもう、涙も出て来ない。

 洗面所の鏡を見た。
 わっ、ひどい顔。
 わたし、こんな顔で歩いて来たんだ。
 今更ながら恥ずかしくなった。
 そのままお風呂に入り、何もかも洗い流すかのように、シャワーを浴びた。


 月曜日。
 夜まで腫れていた目も落ち着き、いつもの顔に戻っている。
 簡単にメイクを済ませると家を出た。
 本当は、会社に行きたく無かった。
 龍くんと顔を合わせるのが嫌だった。

 今日、辞表を出そうと思っている。
 彼の居ない所に行きたい。

「真保ちゃん、わたし会社辞めるから」
「えっ! ち、ちょっといきなり何なんですか?」

 昼休み、食堂で真保ちゃんに報告。
 辞表は帰る前に部長に出すつもりだった。

「おいおい、吉田ちゃん、そんな大声出してどうした?」

 そこに居たのは真下さんだった。

「あ、真下さん聞いて下さいよ。岡嶋さんが辞めるって言うんですよ」
「辞める? 一体どうして」

 わたしは、龍くんと別れた事を話した。
 理由までは言っていない。
 有難い事に、それ以上の事は詮索されずに済んだ。

「岡嶋ちゃんが辞める事は無いよ。あいつと顔を合わせるのが辛いって言うんなら、俺が人事に言って部署を変えて貰えるように頼んでやるよ」
「そうですよ。岡嶋さん、ここの仕事楽しいって言ってたじゃないですか。岡嶋さんみたいに親しく出来る人って居なかったから、これからも仲良くして下さい。辞めるなんて言わないで下さい」
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