マザコン彼氏の事情
お父さんが入院している病院は、この辺ではわりと大きな総合病院だ。
 龍くんは、あらかじめお母さんが家にいる事を確認していた。
 だから、病院には誰も来ていないはずだ。

「緊張してる?」
「多少ね。親父の顔を見たら、怒りがこみ上げてくるかもしれない。その時は、止めて欲しい」
「わかった」

 お父さんと対面したらどうなるのか。
 本人にもわからないはず。
 病院で修羅場になる事はさすがにないだろうけど、他人であるわたしが冷静に対処しなくては。

 病室は、五階の一番奥にあった。
 三人部屋だけど、今は他のベッドは空いていて、窓際に寝ているお父さん一人だけだった。

「こんにちは」

 そっと挨拶をして近づく。
 体がきついのか、閉じていた目を少しだけ開けてこちらを見ている。
 
 お父さんは、わたしの後ろに立っている龍くんに気が付くと、目を大きく見開いた。

「龍。龍なのか?」

 やっぱり親子。
 何年会っていなくても、すぐにわかるんだね。

「ああ」
「大きくなったな」

 お父さんは、成長した息子を眩しそうに見上げている。
 そして、体を起こそうとしたお父さんを、龍くんが止めた。

「そのままでいいよ」
「……」

 龍くんがお父さんの横に立つ。
 わたしは少し離れた所から見守るだけ。

「龍、済まない。今更何を言っても遅いが、生きているうちに謝りたかった」
「……」
「龍、これからも、母さんの事を頼む」
「言われなくても、母さんは僕が守る」

 龍くんとお父さんの会話は本当に短いものだった。
 だけど、それでお父さんは安心したと思うよ。

「龍、その人は? うん? 前に会った気がするが」

 あ、わたしだ。
 何て言おう。
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