マザコン彼氏の事情
「家を覗かれている時に」
「ああ、あの時の娘さんか」
「あの時は不愛想な態度で申し訳ありませんでした。改めまして、わたし、岡嶋くるみと申します。龍さんとは」
「親父、この人は僕のフィアンセだ」

 えっ?
 フィアンセって……。

「そうか。お前にもそんな人が出来たか。くるみさん、どうか、息子と、母親を宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ、宜しくお願いします」

 龍くん、お父さんを安心させようとしてこんな嘘、付いたんだね。
 それなら、車の中で打ち合わせしておいて欲しかったよ。
 あまりにも突然で、冷や汗が出ちゃった。

「それじゃ、仕事が残っているから、もう帰るよ」
「ああ。最後に顔が見られて良かった。元気でな」
「ああ」

 病室を出て、長い廊下をとぼとぼと歩く。
 良かった。
 龍くんとお父さんが対面出来て。
 冷静に話せて良かったよ。

「くるみ」
「うん? あ、わたしの事は気にしないで。ここからバスで帰るから」
「いや、そうじゃなくて」
「あ、あれ? 急にフィアンセにされてびっくりしちゃっやけど、全然大丈夫。それより、わたし自然に振舞えたかなぁ?」
「あのさ、くるみ」
「はい」
「親父、移植したら助かるんだよな?」
「えっ?」
「腎臓って、一つ無くても生きていられるんだろ? だったら、僕の腎臓を一つやるよ」
「龍くん?」

 龍くんがそんな事を言い出すとは全然思ってもいなかった。
 お父さんの事、恨んでいたのにいいの?

「本当にいいの?」
「親父が助かれば、母さんも元気になるよな?」
「うん」

 龍くん、わたしと同じ思いだったんだね。
 お父さんが良くなれば、きっとお母さんも元気になれる。

「僕、先生と話して来るよ。ごめん、くるみ先に帰ってて。それから、母さんにはこの事内緒にして欲しい」
「それはいいけど」
「母さんの気持ち、今わかったよ。親父の事、内緒にしていた気持ちがね」
「そう。それで、お母さんには何て言うつもり? 入院中は、出張に行くとでも?」
「そうだね」
「だったら、その間はお母さんが病院に来ないようにしなきゃね」
「ああ」
「ねえ、わたし手伝ってもいいかな? その……このプロジェクトを」
「頼んでも、いいの?」
「是非やらせて」
「ありがとう」
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