マザコン彼氏の事情
 次の週には、龍くんとお父さんの腎臓が適合するかどうかの検査が始まった。
 諸検査を行い、適合判断が下されてから手術が出来るようになるまで、二、三ヶ月かかるそうだ。
 その間、お母さんがお見舞いに来てもドナーが龍くんだって事は内緒にしてもらった。
 希望の光が見えたからか、その後お父さんの調子は前に比べて良くなったように思う。
 それでも、気持ちで何とかなる病気では無かったけど。

 それから手術の日程が決まったのは、朝夕がだいぶん涼しくなった十月の初めだった。
 手術日は十月八日。
 龍くんはその前日に入院する。
 手術後三日から一週間で退院出来るそうなので、多めに考え、お母さんには十月六日から十五日位まで出張に行くと言うそうだ。
 会社にも根回しし、万が一お母さんから会社に電話が入った時には-----携帯が使えない時に-----わたしに回して欲しいと頼んである。
 
 お父さんは、お母さんが病院に行った時に、移植をするという話はしていた。
 もちろんドナーの名前は伏せて。
 それだけでもお母さんは本当に安心したようだ。
 龍くんにも、お父さんが移植出来るようになったと、嬉しそうに語ったらしい。


 十月七日。

「お疲れ」
「お疲れ様」

 仕事をしていると、外回りから戻った龍くんが声を掛けて来た。

「いよいよ明日入院ね」
「ああ」
「わたし、手術の日にお母さんと一緒に行くから」
「仕事休ませる事になるけど、いいの?」
「いいの。もう届け出してるから。それにほら、手術室から龍くんが出て来るところを見られちゃまずいでしょ。ちゃんとわたしがお母さんを見てるから」
「本当に済まない」
「いいんだって。手伝わせてって、わたしが言い出したんだから気にしないで」

 龍くんが席に戻ると、横に居た真保ちゃんが椅子ごとすべるように近づいて来た。

「岡嶋さん、重見さんとまたやり直すんですか?」
「えっ?」
「いや、お父さんの手術の話が出てから、前みたいに仲良くやっているように見えたから」
「移植の話を共有しているからよ。それだけ。それが終われば、今みたいに話す事は無いと思うよ」
「そうですか」

 さて、そろそろ帰ろうかな。
 机の上を片付け、真保ちゃんに別れを告げると、わたしは会社を出た。
 今日は、昨日作ったカレーがある。
 ご飯もセットして来たので、そう急ぐ事も無い。
 ちょっと本屋さんにでも寄ろうかな。

 時々立ち寄る駅前の本屋。
 わたしはいつの間にか、龍くんが入院している時に読める雑誌や文庫本を手にしていた。


 
 

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