マザコン彼氏の事情
始業のベルがなり、みんな自分の持ち場に着く。
ベルが鳴り終わると同時に、受注のデスクの電話が一斉に鳴り始めた。
毎日がこんな感じだ。
一日にどのくらいの電話を取っているのだろう。
数えた事はないけど、わりと頻繁に掛かって来る。
始業前、昼休みの一時間、十八時の終業時間になるとそれは留守番電話に切り替わる。
そこから先は、事務所にいても電話に出る必要はなかった。
その分、残務がはかどり、帰る時間も早かった。
前の会社とは比べ物にならない。
それでも、些細ないざこざはあったけど、前の会社で鍛えられたわたしにとって、ここは天国のように素晴らしい。
忍耐力が養われた事だけは、前の会社に感謝しよう。
あの会社に耐えられたら、もうどんな会社でも勤める自信がある。
結局は体を壊しちゃったけど、あれから意識的に運動をするようになったし、体力にも自信がついた。
もう倒れる事はないと思っている。
人生で、気を失って救急車で運ばれたのは、あれが最初で最後だと信じたい。
「岡嶋さん、一番に三島商事さんから電話」
「はい、代わります」
いつものように掛かって来る電話に対応する。
三ヶ月経って、ほとんどの仕事をこなせるようになった。
パソコンで商品を入力しながら電話にも出る。
最初は一度に二つ以上の違う事を同時にこなすのは大変だったけど、慣れるとそれも出来るようになった。
基本は、お客さんから注文の電話が掛かって来たのをメモに取り、パソコンで入力して倉庫にある端末に送る。
それを倉庫の方でピッキング、検品、梱包を経て発送してもらう。
他には、営業からの依頼を引き受け、商品の発注やお客さんとのやり取りを行う。
毎日同じリズムでこなしていると、いつの間にか自然に覚えてしまっていた。
あっ。
龍くん、出かけるんだ。
電話を取っていない隙を見計らい、わたしは営業デスクにいた龍くんを目で追っていた。
そんな彼がわたしの視線に気が付くと、カバンと荷物を体の前に抱えてこっちに歩いて来た。
「それじゃ、出掛けて来るよ」
「いってらっしゃい。気をつけて」
「ああ」
挨拶しただけなのに、胸が躍った。
龍くんの笑顔。
本当にカッコいい。
昼休みのチャイムが鳴った。
一斉に社員が席を立つ。
十二時から十三時までの休み時間。
この間も自動音声が対応してくれる。
社内には、食事スペースが設けられていた。
ワンフロアに丸くて白いテーブルがたくさん置かれ、社員全員が座っても余りがある位の余裕だった。
それでも営業の人達は、ほとんど出先で食べる事が多く、空いたテーブルがあちこちにある。
社員食堂というものは無く、自分で持ってきたお弁当や、コンビニで買ったものを持ち込んで食べるというスタイルだけど、入り口に鎮座している3台の自動販売機の飲み物は全て無料だった。
ボタンを押せば取り出し口に落ちて来る。
本数の制限も無く、帰り際に家で飲む分を二、三本出して持ち帰る社員もいた。
最初は太っ腹と思ったけれど、給料から天引きされている社員積立金が割高なのは、もしかしたらこういう分も含まれているのかもしれないと思った。
聞いたところによると、この積立金は二年に一回行われている社員旅行の際に使われるらしい。
四月に入社したばかりのわたしは、今年十一月の旅行が初めて。
今年はみんなで大分県の別府に行くそうだ。
温泉で有名な観光地。
小学生の頃、二回ほど行った事がある。
まだ元気だった母と、父と三人で。
地面から湯気が出ていて、不思議な光景だったのを覚えている。
あとは、地獄めぐり。
硫黄の匂いが立ち込めたそこには、赤や青といった綺麗な色の大きな池があって、全面から湯気が立ちのぼっていた。
粘度の高いつやつやとした泥からは、ぼこっ、ぼこっとお湯が沸いているような泡が飛び出しすぐに消えた。
その後には、年輪のような輪の跡がしばらく消えずに付いたままだった。
そこに落ちたらきっと体が溶けてしまう。
子どもだったわたしは、父と母の手をぎゅっと握って離さなかった。
昔は怖かったけど、今見たらその光景も違うものに見えるのかもしれない。
そんな社員旅行に龍くんと行ける。
それを思うと、今から楽しみで仕方ない。
「岡嶋ちゃん、吉田ちゃん、ここ座ってもいい?」
「お疲れ様です。あれっ? 今日はここで食事ですか?」
わたしと真保ちゃんが座っているテーブルの横には、営業の真下さんと木下さんが立っていた。
手にはコンビニの袋が握られている。
「近くにいたから、久しぶりにここで食べようと思って帰って来た」
「どうぞ、座って下さい」
四人掛けのテーブルが満席となる。
だいたいいつも真保ちゃんと二人で食べる事が多いので、四人ぎっしり座ると、狭くなった気がする。
おまけに、営業のこの二人は、社内でも体格がいいほうだ。
歳も同じ三十歳。
名前も似てるし体格も、背丈も同じくらいだ。
顔は違うけど、後ろから見たら双子かと思えるほどだった。
ベルが鳴り終わると同時に、受注のデスクの電話が一斉に鳴り始めた。
毎日がこんな感じだ。
一日にどのくらいの電話を取っているのだろう。
数えた事はないけど、わりと頻繁に掛かって来る。
始業前、昼休みの一時間、十八時の終業時間になるとそれは留守番電話に切り替わる。
そこから先は、事務所にいても電話に出る必要はなかった。
その分、残務がはかどり、帰る時間も早かった。
前の会社とは比べ物にならない。
それでも、些細ないざこざはあったけど、前の会社で鍛えられたわたしにとって、ここは天国のように素晴らしい。
忍耐力が養われた事だけは、前の会社に感謝しよう。
あの会社に耐えられたら、もうどんな会社でも勤める自信がある。
結局は体を壊しちゃったけど、あれから意識的に運動をするようになったし、体力にも自信がついた。
もう倒れる事はないと思っている。
人生で、気を失って救急車で運ばれたのは、あれが最初で最後だと信じたい。
「岡嶋さん、一番に三島商事さんから電話」
「はい、代わります」
いつものように掛かって来る電話に対応する。
三ヶ月経って、ほとんどの仕事をこなせるようになった。
パソコンで商品を入力しながら電話にも出る。
最初は一度に二つ以上の違う事を同時にこなすのは大変だったけど、慣れるとそれも出来るようになった。
基本は、お客さんから注文の電話が掛かって来たのをメモに取り、パソコンで入力して倉庫にある端末に送る。
それを倉庫の方でピッキング、検品、梱包を経て発送してもらう。
他には、営業からの依頼を引き受け、商品の発注やお客さんとのやり取りを行う。
毎日同じリズムでこなしていると、いつの間にか自然に覚えてしまっていた。
あっ。
龍くん、出かけるんだ。
電話を取っていない隙を見計らい、わたしは営業デスクにいた龍くんを目で追っていた。
そんな彼がわたしの視線に気が付くと、カバンと荷物を体の前に抱えてこっちに歩いて来た。
「それじゃ、出掛けて来るよ」
「いってらっしゃい。気をつけて」
「ああ」
挨拶しただけなのに、胸が躍った。
龍くんの笑顔。
本当にカッコいい。
昼休みのチャイムが鳴った。
一斉に社員が席を立つ。
十二時から十三時までの休み時間。
この間も自動音声が対応してくれる。
社内には、食事スペースが設けられていた。
ワンフロアに丸くて白いテーブルがたくさん置かれ、社員全員が座っても余りがある位の余裕だった。
それでも営業の人達は、ほとんど出先で食べる事が多く、空いたテーブルがあちこちにある。
社員食堂というものは無く、自分で持ってきたお弁当や、コンビニで買ったものを持ち込んで食べるというスタイルだけど、入り口に鎮座している3台の自動販売機の飲み物は全て無料だった。
ボタンを押せば取り出し口に落ちて来る。
本数の制限も無く、帰り際に家で飲む分を二、三本出して持ち帰る社員もいた。
最初は太っ腹と思ったけれど、給料から天引きされている社員積立金が割高なのは、もしかしたらこういう分も含まれているのかもしれないと思った。
聞いたところによると、この積立金は二年に一回行われている社員旅行の際に使われるらしい。
四月に入社したばかりのわたしは、今年十一月の旅行が初めて。
今年はみんなで大分県の別府に行くそうだ。
温泉で有名な観光地。
小学生の頃、二回ほど行った事がある。
まだ元気だった母と、父と三人で。
地面から湯気が出ていて、不思議な光景だったのを覚えている。
あとは、地獄めぐり。
硫黄の匂いが立ち込めたそこには、赤や青といった綺麗な色の大きな池があって、全面から湯気が立ちのぼっていた。
粘度の高いつやつやとした泥からは、ぼこっ、ぼこっとお湯が沸いているような泡が飛び出しすぐに消えた。
その後には、年輪のような輪の跡がしばらく消えずに付いたままだった。
そこに落ちたらきっと体が溶けてしまう。
子どもだったわたしは、父と母の手をぎゅっと握って離さなかった。
昔は怖かったけど、今見たらその光景も違うものに見えるのかもしれない。
そんな社員旅行に龍くんと行ける。
それを思うと、今から楽しみで仕方ない。
「岡嶋ちゃん、吉田ちゃん、ここ座ってもいい?」
「お疲れ様です。あれっ? 今日はここで食事ですか?」
わたしと真保ちゃんが座っているテーブルの横には、営業の真下さんと木下さんが立っていた。
手にはコンビニの袋が握られている。
「近くにいたから、久しぶりにここで食べようと思って帰って来た」
「どうぞ、座って下さい」
四人掛けのテーブルが満席となる。
だいたいいつも真保ちゃんと二人で食べる事が多いので、四人ぎっしり座ると、狭くなった気がする。
おまけに、営業のこの二人は、社内でも体格がいいほうだ。
歳も同じ三十歳。
名前も似てるし体格も、背丈も同じくらいだ。
顔は違うけど、後ろから見たら双子かと思えるほどだった。