マザコン彼氏の事情
 平常心を装い、何でもないように見せかける。

「こっち向いてくれないか?」

 マジ?
 どうしよう。
 ドキドキしてきちゃった。

「何?」
「こっち、来ないか?」
「えっ!!」
「そんなに驚かなくても」
「だって、だって、あっそうだ。龍くん、一人暮らしって初めてでしょ?」
「まあね」
「何かわからない事があったら聞いて。これでも一人暮らしには慣れてるから」

 何を言ってるんだろう。
 会話が続かない。
 えっと、えっと次は何を言おう。

 体を起こした龍くんがこっちに来た。

「くるみが来ないんだったら僕が行く」
「あ、ちょっと」

 ヤバい。
 このドキドキが伝わっちゃうよ。

「くるみ、一人暮らし寂しいからさ、一緒に住んでくれない?」
「はぁ? 無理よ」
「どうして?」
「だって、わたし達別れたのよ。ただの友達でしょ」
「フィアンセとしてだったらいいの?」
「フィアンセって……」

 別れた彼氏がいきなり婚約者?
 プロポーズもされていないのに?

「くるみ、僕と結婚してくれないか?」
「えっ?」
「君を傷つけておきながら、こんな事言う権利が無いのはわかってる。だけど、やっぱりお前の事が忘れられない」

 気が付けば、わたしは龍くんの胸の中に居た。
 ぎゅっと抱きしめてくれるその腕が力強い。

 そのうち、少し距離をあけて見つめ合う。
 ああ。
 龍くん。
 龍くんがここにいる。

 彼の唇が優しくわたしを包み込んだ。
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