クールな社長の溺愛宣言!?
 豊川さんは私の両手を掴んで、どんどん間合いを詰めてくる。

「あの……、時間が合えば」

 ――こんなふうに押されて、断れる人がいるんだろうか。

「よかった! じゃあまた連絡しますね」

 笑顔で去っていく豊川さんを見送った。

 ――ちょっと強引な気がするけれど、こういう機会がないと、出会いなんてなかなかあるわけじゃないし。

 仕事も大事だけど、私も先日で二十九歳になった。そろそろ恋のひとつもしなくてはいけない。

 そんなことを考えながら、ふと腕時計に目をやって焦った。

 離席してからかなりの時間が経っている。社長は『秘書は常にそばにいるものだ』といつも口を酸っぱくして私に言っている。社長室の隣に私専用の化粧室を作ろうとしたこともあるぐらいだ。イライラしている彼を思い浮かべて、身震いをした。面倒なことになる前に席に戻らなくては。

「わっ」

 踵(きびす)を返した瞬間、ドスンとなにかにぶつかった。覚えのある感触に、嫌な予感がする。

「お前は何度俺にぶつかれば、気が済むんだ?」

 見上げたそこには案の定、私を睨む社長が立っていた。でも以前とは違い、その視線にわずかながらも楽しげなからかいの色が含まれている気がする。

「申し訳ありません」

 私は姿勢を正すと、神(しん)妙(みょう)な面持ちで上司への無礼を詫びた。そして先ほどの会話が聞かれていませんようにと、密かに神さまに祈りを捧げた。

「で、生贄がこんなところで油を売ってなにをしている?」

 ――絶望……。さっきの会話、聞かれていたんだ。
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