シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 空気はじっとり湿っている。熱帯夜だ。
 気の早い虫が一匹か二匹、鳴き始めていて、ほんの少し秋の気配がした。

 校舎入り口の灯りにもたれて、誰かが立っている。遥人はそのひとに向かって歩いてゆく。まっすぐ迷いのない足取りだった。砂利を踏む音が校舎の壁に反響する。
 わたしは身を隠した。
 遥人が近づいてゆく相手が、衛藤先生だと気づいたからだ。

 何も言えず、わたしはその光景を見ていた。
 夢だ。夢の中で自分が起きていると勘違いしているんだ。
 そう思って、ぎゅっと手を握る。爪が手のひらに食い込んで痛い。夢じゃない。

 二人は相手の首の後ろに手を回し、顔を近づけてキスをした。
 もう何度もしている行為なのか、お互いをいつくしむ動きは、流れるように自然だった。

 年齢も立場も超えた、先生と生徒の恋。
 こんなの嫌だ。嫌なのに、綺麗だと思ってしまう自分がいる。
 衛藤先生は美人で、遥人は大人びたかっこいい少年で、二人が本気で惹かれ合っているなら、わたしが口出しできる話じゃない。
 先生も、遥人も、誰かを傷つける意図などないんだろう。
 それに、誰かを傷つけても離れられないのが、恋だから。

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