シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 亜依があきれながら説明してくれる。

「うちの内定先は、通信関連。職種は営業ね。で、あんたはお父さんの口利きで東証二部のイベント会社に決まったでしょ。内勤で、転勤もないから家から通えるって、ご両親も喜んでたんじゃない? 航は介護サービスの会社。いろいろ大変だけど、需要は伸びる一方だろうし、やりがいのある業界だよね」

 就職活動の記憶は、何度も洗濯をかけたようにぼんやり色あせていたけれど、わたしの中に確かにあった。黒い革のパンプス、ずらりとパイプ椅子の並んだ会社説明会、最終面接の身も細る緊張感。

「うん……思い出した。心配かけてごめんね」
「謝らなくていいけどさ」
「バンドは……?」
「ライブ決まったじゃん。あんたが絶対やった方がいいって力説して」
「ほんと?」

 トライクロマティックがライブをやる。
 それを聞いただけで、全身の力が抜けた。涙が出そうだった。
 まだ生きている。バンドは続行している。

「サイト、見ていい?」
「なんでうちの許可がいるんだか」
「未波ちゃん、やっぱりちょっとまだ混乱してるみたいだね。冷たいものでも頼む? サワーとか飲んだらすっきりするかもよ」
「ううん、いらない」

 メニューを差し出してくる航を断り、わたしは携帯を取り出した。
 トライクロマティックのサイトを開く。
< 135 / 206 >

この作品をシェア

pagetop