シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 家業を継ぐことになっている遥人は、卒業論文も既に完成させたらしい。さすができる男。うらやましい限りだ。
 亜依は、通信関連企業の営業職として内定を得ている。
 わたしは、父の口利きでイベント会社に勤めることになった。
 社会に出る不安はあるけれど、最近は貧血で倒れる回数も減ったし、体力もついてきた。
 内勤だから十分務まると思う。

 わたしにとって、彼ら三人は十代を共に過ごした仲間であるだけじゃない。尊敬する音楽ユニットであり、身近なスター集団だ。
 わたし以外の三人はバンドを組んでいる。
 バンド名は、トライクロマティック。
 三人編成の、いわゆるスリーピースバンドだ。
 漫画好きでお調子者の航がボーカルとキーボード。
 寡黙で無表情だけれど、決める場面ではばしっと決めるリーダーの遥人がベース。
 元気な紅一点、亜依がドラムスを担当している。
 プロになる夢を早々にかなえた、人生の成功者たち。
 この三人が三人で音を奏で始めたバンド誕生直後から、わたしは一番近い場所で彼らを見守り、彼らの音を聴いてきた。

 高校まではできなかった芸能活動が解禁になり、トライクロマティックは「等身大の学生バンド」として、レコード会社のレーベルから二枚のアルバムをリリースした。
 ファンが増えてゆく度、自分は応援する価値のあるものを応援しているのだと、誇らしい気持ちになった。

 デビューして今年で三年。
 残念ながら彼らも、他の多くのミュージシャンのように、音楽だけで食べていくほどの収入はない。だから周りの学生と同じく就職活動をしたのだと思う。
 就職しないという選択肢を選んだのは航一人だ。
 自らそう決めたと聞いているけれど、もしかして、わたしたちに対して複雑な感情を抱いているのかもしれない。

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