シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
「いや、来てたよ。ちょっと遅れたけど、来た。うちが先輩んとこのミスチルコピーバンドに誘われて叩いてたら、ハルと航と組め、って提案してきたじゃん」
「そうだった……?」
「憶えてないんかい」

 亜依の話を聞いているうち、わたしは寒気に襲われた。
 八年前の夏の記憶がふたつある。

 ひとつは、合宿が行われるのを知っていて、休んだ記憶。
 二泊三日の合宿は、ちょうどお母さんが実家に出かける日程と同じだった。オリンピック中継のテレビを見ながら、自宅で一人過ごした。水泳の選手に興味を持って、ネットで情報を調べたりもした。夜にはお父さんが仕事から帰ってきて、お母さんが作り置きしたおかずを温めて一緒に食べた。

 もうひとつは、合宿の一日目に登校した記憶。
 何の準備もせずに制服で出かけて、みんなの活動を眺めていた。教室で鍵盤に指を滑らせる航。プールで泳ぐ遥人。蝉の声。部室で、亜依が先輩たちに交じって演奏するのを聴いて、すごくもどかしかったし、くやしかった。夜、寝袋を持っていなかったわたしは自宅に帰った。

 ふたつの記憶が、二重写しの映像のように、同じ時間軸に存在している。
 合宿を休んだ夏と、一日だけ参加した夏。
 どっちが本当に起こったできごとなのか、わからない。
 奇妙な現象に混乱した。
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