シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 思わず苦笑いすると、遥人と航が戻ってきた。
 見慣れないスーツを着ているから、一瞬、航だとわからなかった。そういえば、就職決まったんだっけ。

「いやーまいったまいった。便所混んでたわ」

 航がハンカチをたたみ直し、ポケットに収める。

「今さ、未波と昔の話してたんだけどさ。衛藤って憶えてる?」
「顧問の先生っしょ」
「そうそう。いかにも十代の男子が惚れそうな感じだったなあと思ってさ。ハルも好きだったでしょ、衛藤のこと」

 いきなり何を言い出すんだか。
 遥人は一ミリも表情を変えない。

「別に」

 涼しげな伏し目と、わずかに首を右に傾けた角度。かけらほどの動揺も見せなかった。
 亜依も追及するつもりはないらしく、航に向かって尋ねる。

「今何してんだろうね。まだ学校にいるのかな?」
「さあ? 中高の方には顔出してないから、わかんねーわ」
「航は昔から衛藤なんて見向きもせずに、未波ひとすじだしね」

 亜依の言葉に、一気に酔いが覚めて――というのは大げさだけれど、脳のかなりの部分が覚醒した気がした。
 航がわたしを好き? 今、そう言ったよね。

「それってどういう……」
「航が未波に惚れてるのなんて、うちにだってばればれだったよ。ね?」
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