シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 亜依が手で顔をあおいで、航を冷やかす。
 そうか。
 まるで夢のような合宿の記憶が、今につながっている。

 過去に何が起こるかによって、未来は変わる。
 五線のどこかにシャープを置いて、転調したら、そこから先は新しいルールで旋律が鳴るように。

 おこがましい言い方だけど、わたしは航を目覚めさせたんだと思う。
 彼はトライクロマティックのコンポーザーになった。
 音符を並べて、宝石をつなげた輝きを生み出すメロディメーカーになった。
 才能が開花したなら、喜ばしい。

 でも、好きだなんて。
 そんなこと急に言われても、どう対応すればいいかわからない。気持ちが追いつかない。
 わたしだって、航を嫌いじゃない。だけど、あくまでも友達としてしか見たことがないのに。

 そして、こんなときですら、わたしの心を占めているのは、トライクロマティックがどうなるか。
 恋の告白よりも、バンドの行く末が気になっている。

 わたしは航の目をまっすぐ見て尋ねた。

「いい曲を書こうって決意して、これまでやってきたのに、どうして解散するの?」

 航は苦いものを口に押し込まれたような顔で押し黙る。
 しばらく待った。
 へらっと、航が笑う。

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