シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 航は言い直した。
 あ、痩せてる、と今更ながらわたしは気づく。
 頬がこけて、目の下には濃いクマができている。
 笑みを絶やさない航の、隠せない苦闘の跡。

「どうして書けなくなったの? わたしのせい……?」
「違う違う。そんなんじゃない。ただ温泉をがんがん汲み上げてたら、お湯がもう出なくなったみたいなもんだから。俺の問題。続けられる才能がなかったってことで、ほんと、ごめん」
「本当に……? 枯れちゃったの?」
「過去の作品の二番煎じなら、いじくって作れるかもしれない。けど、遥人や亜依が納得してくれるクオリティでは曲が書けない」
「……今までの曲があるじゃない」
「新曲を発表しないで、バンドの名前だけ続けていっても意味がないっしょ。堪忍な」

 新曲を書けないことが、どれだけ航を傷つけたか。
 笑う影で苦しんで、それでも航は新しいメロディを生み出そうと戦ったに違いないのだ。
 どうして気づいてあげられなかったんだろう。そう思うと、自分の洞察力のなさに歯噛みしたくなった。マネージャー失格だ。 
 亜依が弱々しい声で言った。

「結局、トライクロマティック、イコール、青島航の曲だから。うちやハルがもっと初期から楽曲づくりに関わってればよかったんだけどね。その点は……後悔してる」

 疲れ果てた翼は、もう空を目指さない。
 そしてバンドメンバーは、「解散したい」という航の申し出を受け入れた。
 亜依と遥人が、そうするしかないと決断した。
 今、わたしにできることはない。
 何の力にもなれない。
 とても悲しいけれど、わたしと彼らの間には明確な溝がある。
 飛び越えられない。
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