泣かないで、楓
「こんな暑い服を……」

 ぽつり、と独り言をつぶやく。この服を着たまま、30分も闘うのか。しかも2回。手に取った戦闘員の衣装を見つめると、カラカラに乾いた口の奥が、さらに酸っぱくなる思いだ。

 夏だぞ? 猛暑だぞ? 普通の人は、薄着で過ごす季節だぞ!? しかし目の前に広がるのは、通気性が全くないヒーローのスーツたち。戦闘員の服。怪人の着ぐるみ。

 僕はこれから、某県の遊園地にヒーローショーの営業へ行く。格好いい言い方をすると「戦闘員になって、ヒーローにやられ続ける」か? 全然格好よくないじゃないか。

 僕はハァ、と深いため息をついた。この衣装が入っているケースの蓋を、閉めたくない。閉めれば、行かねばならない。そんな思いが脳裏に駆け巡り、作業の手はピタリと止まった。
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