泣かないで、楓
 洗面所の蛇口をひねり、水を出す。誰も掃除をしていない為、白色の洗面台はあちこち黒ずんでいた。僕は蛇口に頭をつけ、髪全体を濡らす。そして、鏡に映った覇気のない自分をボーっと見つめ、ふと思い返した。

 楓は出会った時から、お節介な女だった。

×××  ×××  ×××

 俳優を目指し、養成所に通っている僕は、土日に出来るアルバイトを探していた。何か効率がいいバイトはないかな。そんな事を思いながら、アルバイト情報誌をペラペラとめくっていると、ふと、あるキャッチコピーが目にとまった。

『アナタも、ヒーローになれる』

 そんな広告が、ファミレスやコンビニのバイト募集に混じって、普通に掲載されていた。詳しく読んでみると、それはヒーローショーの人員募集だった。仕事は土日のみ。条件も悪くない。

 なにより、子供の頃からの夢だった『正義の味方』に、ついになれるのだ。僕は広告に書かれていた、事務所の電話番号にすぐ連絡を入れた。今年の春の話だ。
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