泣かないで、楓

「知っとる?　今日この場所から、花火が見えるんやて」

　二人の沈黙を埋める様に、楓は急に話題を変えた。

「どこで聞いたの?　そんなの」
「さっき、事務所のオバちゃんが言うてた」
「ふーん」

　僕が気のない返事をした瞬間、ドーンと言う音と共に、空にオレンジ色の眩い（まばゆい）光が見えた。

「ねぇ!　見てみぃ」

　楓は、僕のTシャツをグイ、と引っ張った。ドーンドーンと言う大きな音と共に、夜空に高く上がる花火がハッキリと見える。打ち上げ場所は、きっとそんなに遠くないのだろう。

「綺麗やねぇ」

　楓は、うっとりとした表情で花火を見つめていた。華やかに光る花火の残映が、楓の顔をうっすらと照らし出す。僕はそんな楓の横顔を、ジーッと見つめた。

「何?　どうしたん?」
「い、いや。何でもない」

　僕は慌てて視線を、上空の花火へと移した。

　黙ってりゃ、楓は可愛いんだな。花火を見ながら僕の脳裏に、ふとそんな事が思い浮かんだ。