泣かないで、楓
 しばらく僕らは、無言で花火を見つめていた。洗濯機は、最終工程の脱水に差し掛かっていた。

「そろそろ洗濯、終わるんじゃない?」

 僕は楓に話しかけた。

「せやね」

 楓の目は、どこか遠くを見つめていた。

「早く帰らないと、また怒られるぞ?」
「う……ん」

 楓は、覇気のない返事を返した。ゴトン、と言う音と共に、洗濯機が停止した。

「あ」

 楓が、声を上げた。花火が終わったのだ。辺りはまた静寂が戻り、虫の音が響く。

「戻ろう」

 僕は楓に、声を掛けた。楓は、動こうとしなかった。

「何? どうしたの?」
「ぅん……」

 楓の様子がおかしい。まるで、お腹を痛めた小学生みたいな顔をしている。普段、こんな表情を見せるヤツじゃないのに。何なんだ、一体。

「あ、あんな」
「うん」
「わ、笑わんで聞いてな」
「うん。いいよ」

 楓はスゥと息を吸い込み、こう言った。
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