泣かないで、楓
「恭平さん、何をため息ついてるんですかぁ?」

 僕は突然の声にビクッと、身体をこわばらせた。この部屋に、誰かいたのか!?

「お正月から、そんな声を出さないでくださいよぅ」

 人の気配が、背後から近づいてくる。あれ? この声は……

「あ、浅沼さん」

 後ろをクルっと振り向くとそこには、総務の浅沼 英里(あさぬま えり)さんがいた。今日も黒ぶち眼鏡の奥の目が、キラリと光っている。

「財布でも落としたんですかぁ?」
「い、いや、別に」

 正月から仕事をするのがイヤです。と正直にはとても言えなかった。

「あ、浅沼さん。今日は随分と早いんですね?」

 話の矛先(ほこさき)を変えようと、僕は話題を変えた。

「そうなんですよぅ。急に社長からお呼び出しがかかっちゃってぇ」
「そ、そうなんですね」
「あーあ。本当は今日、家族で初詣に行く予定だったんですよぅ。1月1日からお仕事なんて、まいっちゃいますよねぇ」
「そうですね。僕も同じです」

 よかった。浅沼さんも同じ気持ちだったんだ。
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