泣かないで、楓
 玄関から、ギィィと言う扉の開く音が聞こえた。誰かが来たみたいだ。

「おはようございます」

 挨拶と供に、楓が衣装部屋の中に入ってきた。

「あ、楓さん。明けましておめでとうございますぅ」
「ああ、おめでとうございます」

 浅沼さんは深々と、楓に頭を下げた。

「楓、今年も頼むな」
「はい、こちらこそ」

 源場社長はガシガシと、楓の頭を掴んだ。楓は、多少ムッとしている表情だ。

「楓」
「何?」

 やはり楓は、こんな日でも僕に目線を合わせようとしない。正直、もう慣れっこだが。

「もうこっちは確認したから、そこにあるダンボールだけ頼む」
「うん」

 楓はバックの中身を取り出し、サイン会に使う道具の確認を始めた。ここ半年くらい、楓とは仕事に関係のある話しかしていない。むしろ、ほとんど会話をしていない。

「楓」
「何や?」

 どうして楓は僕にだけ、とげとげしい言葉を返すのか。僕が、何をしたと言うのか。この半年ほど、その事をずっと考えていた。

「た、体調悪い?」
「はぁ? そんな事ないわ」

 楓は、ギラリとした目つきで僕を睨みつけた……ように見えた。

「何でそんな事を思うん?」
「いや、何か。何となくだけど……」
「元気や。余計な心配せんでもええわ」

 そして、何を話しかけても、こんな態度だ。もう、理由が分からないけど、とりあえず謝った方がいいのかな。このままじゃ、仕事がやりにくくてしょうがなかった。

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