泣かないで、楓
 再び玄関から、扉の開く音が聞こえた。

「おはようございますっ! 明けましておめでとうございます」

 ちさとさんは元気な挨拶とともに、衣装部屋の中に入ってきた。

「皆さん、今年もよろしくお願いします」

 そう言うとちさとさんは、ペコリと頭を下げた。皆、その挨拶に軽く会釈で返した。

「はわー。しばれますねぇ」

 ちさとさんは、細く長い指を両手でこすり合わせながら言った。

「しばれる?」
「あ、こっちだと『寒い』ですね。失礼しました。私、出身が北海道なので、つい訛り(なまり)が出ちゃいました」

 ちさとさんはまたペコリ、と頭を下げた。

「恭平さん、今日はヒーローさんですか?」
「いや、まだ聞いてません」
「そうなんですね。ヒーローさんでも悪者さんでも、眠気に負けちゃダメですよ~。ファイトですっ」

 ちさとさんは、大きくガッツポーズをした。

「あ、はい。ありがとうございます」

 やっぱり、ちさとさんは可愛いな。新春からちさとさんと同じ現場とは、縁起がいいな。僕は素直にそう思った。
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