泣かないで、楓
 楓の事。ふと聞こえた謎の声。色んな事をボーッと考えている内に、気がつけば僕は、ショー会場へ向かう事務所のワゴン車に乗っていた。

 車には運転席に吉伸先輩、助手席にちさとさん。中央の横長の席には先輩A、僕、楓、先輩Bと並ぶ。先輩がシートの端に座るのは、新人はなるべく肩身を小さくし、先輩にスペースを譲っている為である。

 後方の座席には源場社長と浅沼さん、他先輩2人がおり、今日の現場は10人体制だ。車はすでに高速に入っており、スピード抑止用のステップを踏む度、ガタン、ガタンと大きく揺れた。時折、後ろから小さく聞こえてくる「英里りん」と言う源場社長の声が、非常にうっとうしい。

 車の外では、空は青々と晴れているのに、チラチラと雪が降っている。よっぽど寒いんだな。遠くに見える山の木々は、みんな真っ白な雪に包まれていた。

「天気予報が聞きたいけぇ、ラジオを付けてもらえんか?」

 吉信先輩は、ちさとさんに指示を出した。ちさとさんはすぐに、カーステレオのラジオのボリュームを上げた。

『交通情報に続いて、天気予報をお伝えします』

 無機質なアナウンサーの声が、車内スピーカーから流れた。

『気象庁発表によります、この時間の天気予報をお伝えします。山梨県内全域に、冬型の気圧配置が広がっており、今後、山間部では大雪、なだれ等に注意して下さい』
「やっぱり現場は雪じゃろなぁ。正月からアンラッキーじゃね」

 吉伸先輩は、小さくため息をついた。

「今日の現場は、どんな所なんですかぁ?_」

 後ろの席から、浅沼さんの声が聞こえた。恐らく吉伸先輩に声をかけたんだろう。

「それはね英里りん、今日はね、ショッピングモールなんだよ」

 浅沼さんと吉伸先輩の接触を阻止するかの様に、源場社長が大きな声を出した。社長、子供なんだろうか。
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