君が涙を忘れる日まで。

  *

恋愛というものは、自分に訪れた時には自然と振る舞えるもんだと思っていた。

ドラマや映画の予告のように、甘い台詞を吐いたり強引に誘っていつの間にか相手も恋に落ちるとか。


そんな展開を思い描いていたけど、実際は全然違っていた。

なんせ俺は学園一のモテ男でも、主人公になれるようなタイプでもなかったから。


しかも決定的だったのは、俺が好きな人に対して〝だけ〟は、羞恥心の塊だったということ。

誰とでも気軽に話せてすぐに仲良くなれる。一緒にいると面白い。なんて言われてきたはずなのに。

彼女の前でだけは、何故かクールで物静かな俺になってしまう。

勿論意識して自らそうしているわけじゃなく、自然とそうなってしまうのだ。


もっと気軽に話せたら、なにも考えずに声をかけられたら、今頃はもう親友くらいになっていたかもしれない。


しかし気づけば、もう十月を過ぎてしまっている。


バスケ部の仲間で一番気の合う友達である修司は、彼女と毎日同じ電車に乗りあわせていて、今では凄く仲がいい。


もう一人の女子を含めて三人で話している姿をよく見かけるし、修司の前で楽しそうに笑う彼女をもう何度も見てきた。


俺も電車通学だったら……いや、多分それでも俺は声をかけられなかっただろう。


学校の中ではただ彼女の姿を探すだけ。それなのに、目が合いそうになったらパッと逸らしてしまう俺。

仲間とふざけて調子に乗って騒ぐ毎日の中で、いざとなったら度胸がない情けない男だから。


初めて心を掴まれるほど彼女に惹かれたというのに。

高校生になったら彼女を作ると密かに目標を立てていたのに。

こんなんじゃ、無理だな。


というか、既にもう遅い。



彼女が、樋口奈々が誰を見ているのか、とっくに気付いていたから。




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