君が涙を忘れる日まで。
「うわぁー、血出てるし」

修司がそう言って俺の膝を見ながら顔を歪めた。

よく見ると、思ったよりも血が出ている。結構派手に転んだからな。

「別にたいしたことねぇって」


そのまま試合を続けようとしたけど、先生に保健室に行ってこいと言われた俺は、渋々校舎の中へ戻った。


「あらー、派手にやったね」

保健室の番人というあだ名がついている三十六歳独身の女の先生が、俺の膝を見てそう言った。


たいしたことないって強がったけど、消毒された時は悲鳴を上げたくなった。

実は痛みに弱いなんてこと、樋口にだけは知られたくないな。

ガーゼを当てた膝は少しだけ違和感があるけど、まぁすぐ治るだろう。


「失礼しました」


保健室を出た俺は再び校庭に戻ろうとした、はずなのに……その足は下駄箱ではなく、教室に向かっている。


制服のまま校庭を見つめていた樋口。体調でも悪いんだろうか。


階段を上り、二年二組のうしろのドアの前で一旦立ち止まる。

ドアは少しだけ開いていて、俺はゆっくりと顔を覗かせた。


視線の先には、黒板の前に立つ樋口のうしろ姿。

その手には、チョークが握られていた。


なんでか分からないけど、ドキドキと鼓動が早まる。



右手を上げた樋口は、黒板の隅に何かを書いていた。

その手は、少しだけ震えている。


声なんてかけられない。



ーーキーンコーン……



教室に響き渡る鐘の音に一瞬ビクッと体が反応したその時、樋口は側にあった黒板消しで……その文字を消した。






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