君が涙を忘れる日まで。
*****
「は?なんでだよ!」
今まで何も言わずに聞いていたのに、初めて幸野君が話の途中で口を挟んだ。
「なんでって、私に言われても……」
「違う、そうじゃなくて!だって結局樋口は言わなかったんだろ?」
一階の廊下を真っ直ぐ歩いていた私達は、その場に立ち止まった。
「言えるわけないよ……」
言えない。香乃の好きな人が修司だと分かった瞬間、私は枕を強く押し付けて、その下にある物が消えてほしいと本気で願ったんだ。
「だって、仲良いんだろ?幼馴染なんだろ?」
「多分きっと、香乃だから言えなかったんだと思う」
香乃の思いを知ってしまったら、もう自分の気持を言うなんて出来なくて。
ただ『そうなんだ』って、冷静にそう答えるしかなかった。
驚かないの?って香乃に聞かれた時も、『別に』って強がったりして。
『私の話はたいしたことじゃなかったから忘れちゃった』そうやって誤魔化した。
その後香乃となにを話したのかは覚えていない。ただ、香乃が帰った後の気持なら、今も覚えてる。
どうして、なんで修司なの?って。私が先に仲良くなって、私が先に好きになったのにって。
「嫌な女だなって、自分でもそう思った。だけど思い返してみたら、香乃が修司を好きになったって可笑しいことはなにもないんだよね」
だって、毎朝修司と一緒だった通学電車には、香乃もいた。私が修司に会うのが楽しみだったように、香乃もそうだったのかもしれない。
私がLINEでやりとりしていたように、香乃だって修司とLINEをしていたのかもしれない。
香乃が男バスのマネージャーになったのは、修司と一緒にいたかったから。
「あの手袋。香乃が編んだ手袋、黒と青はさ……修司のバッシュの色、そのまんまなんだ。すぐに気づかないなんて、私も鈍感だわ」
笑って話してるつもりなのに、幸野君は珍しく真面目な顔で私を見つめた。