君が涙を忘れる日まで。
少しの沈黙の後、始発列車が到着するというアナウンスが流れた。

立ち上がって辺りを見渡すと、いつの間にかホームには人がまばらに立ってる。


「電車乗るけど、いい?」

「何を今さら。乗るから駅にきたんだろ」


そう言いながら幸野君に右腕を引っ張られた私は、そのまま一歩うしろに下がった。


「黄色い線の内側って教わらなかったか」

「へー、そういう男っぽいことも出来るんだね。今の腕引くのとか、漫画みたいだったよ」

わざとからかうように言うと、幸野君は分かりやすく顔を赤らめて俯く。


「う、うるせー。さっさと乗るぞ」


電車の中は空いていて座れる場所はいくつもあったけど、私達はあえて座らずにドアの方を向いて立った。


窓を通して差し込む朝日がとても眩しい。でも、とても綺麗だ。


「あとさっき言い忘れてたけど、樋口の印象」

「なに?」


「浅木(あさぎ)と、仲良かったな……って」


その瞬間、強い日差しに目を細めながら、ゆっくりと幸野君から視線を逸らす。


仲良かった……。また、過去形だね。


道路を挟んで向かい合わせにある私達の家。

物心ついた時からいつも側にいた浅木香乃(かの)は、私の親友、幼馴染、家族、そのどれにも当てはまる存在だった。


「うん、そうだね……」


「浅木は途中から男バスのマネージャーになったじゃん?だからなんとなく気付いてたけど、お前らなんかあったのか?喧嘩ってわけじゃなさそうだけど」


喧嘩なら散々してきた。幼稚園の時は玩具の取り合い、小学校の時は約束を忘れてしまった時、中学では虐められていたことを相談されなかった時。

けれど喧嘩の数だけ、私達の絆は深くなっていったと思う。


でもそれはきっと、私と香乃が子供だったから。


そしてまだ、本気の恋を……知らなかったから。



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