君が涙を忘れる日まで。
通学電車にさよなら。
*
「行ってきまーす」
トントンと靴を鳴らし家を出ると、目の前の白くて可愛らしい家が目に入ってくる。
眉をひそめながら振り返ると、ヒビが入って汚れた壁に茶色い屋根の小さな二階建ての一軒家。
香乃の家は一年前に建て替えたというのに、うちは今もボロいまま。
私もあんな可愛い家に住みたいな。
思わずため息をついて歩き出すと、向かいの家のドアが開き、いつもの高い声が聞こえてきた。
「行ってくるね」
玄関のドアを閉めてこちらを向くと、すぐに私に気が付いて大きく手を振った香乃。
顎よりも少しだけ長い位置で切り揃えられた艶のある黒髪に、黒目が特徴の大きな瞳は子供の頃からちっとも変わらない。
それに比べて、伸ばしっぱなしの前髪は目にかかるし、後ろの髪はようやく肩につくくらいまで伸びたけど、右側は寝癖で少し跳ねている。
一生懸命直そうとしたけど、頑固な癖毛は言う事を聞いてくれなかった。
私も香乃くらいの長さに切っちゃおうかな。
「おはよー奈々」
「おはよう」
私が香乃のいる方の道路に渡り、そのまま自然と駅に向かって歩き出すのが高校に入学してから変わらない毎朝の流れ。
「あ~あ、奈々と同じクラスだったらなー」
「え~?高校に入ってまで同じクラスなんて、勘弁してよ」
「なにそれひどーい」
わざと意地悪を言った私に奈々は頬を膨らませて見せたけど、こんなことで喧嘩になるような関係じゃないことはお互い重々承知だ。
「でもどうせなら三年で同じクラスになった方がいいかも。高校生活最後の行事盛りだくさんだし、修学旅行もあるし、卒業アルバムとかもあるし」
まだ入学したばかりだし、三年で同じクラスになると決まったわけでもないのに、嬉しそうに指折り数えながら歩く香乃。
そういう私だって、卒業式のクラス写真で香乃の隣に写っている自分を想像するのはとても簡単だ。
子供の頃からずっと、香乃と一緒に撮った写真は数えきれないほど沢山あるから。