君が涙を忘れる日まで。


 *


「あ……わ、わたし……」


あの時、微かに聞こえていた誰かの声。

薄れていく意識の中で、ほんの僅かに見えたのは……。



溢れ出る涙に、堪らず両手で顔を覆った。


「奈々?ちょっと、大丈夫?どこか痛いの?」



私の手を握り、微笑みながら彼は言ったんだ。


『大丈夫だから』って。

『樋口、大丈夫だから』確かにそう言った。



あれは……幸野君だった。





「お母さん……幸野君、幸野君は?今どこにいるの?無事なんだよね!?」


言いようのない恐怖と不安が体中を駆け巡り、体がガタガタと震える。


「落ち着いて、奈々!」

お母さんが私の肩を抱き、優しく背中を擦った。


「ねぇお母さん、幸野君に会いたい!」

「奈々……」


「彼がいなかったら、私は……」


現実を受け止めるのをやめた私は、きっとそのまま目を覚ますことはなかった。


幸野君が、大丈夫だと言って手を握ってくれたから。

笑ってくれたから。



「会いたい……会いたい……」



短い旅の終わりに……頑張れって、幸野君が背中を押してくれたから。



「お母さん!ねぇお母さん!」




「ちゃんと話すから、落ち着いて。幸野君は……」













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