世界が終わる音を聴いた


その少女を見つけたのは偶然だった。
けれどその少女を見たとき“彼女”をようやく見つけたのだと、分かった。







その日の俺の最後の仕事は『芦原マサ』の魂を送ることだった。


黄昏に街が染まり、飛ぶ鳥が逆光で黒く映る。
逢魔が時とはいうが、芦原マサがその生を終えたのも正にそんな時分で、活気のある病院の中、マサの居たその病室だけが静かに悲しみに満ちていた。
享年67と言うのは、この時世においては薄命だったと言えなくない。
患っていた病気の悪化、というもので家族には看病疲れも見てとれた。
けれどそれを受け入れ、マサ本人に当たることもなくお互いに無理をしない、良好な関係のようだった。

命の終焉を周りに報せる機械音が響く病室に、すすり泣く音が混じる。

亡骸に手を添え、お疲れさまでした、と一言。
ありがとう、と一言。
よく頑張ったね、と一言。
そこに集まった人々が別れを告げる。
その中には少女がふたり混じっていて、普段見慣れない大人たちの泣く姿に戸惑っているようだった。
姉と思われる少女は戸惑いながらも大人たちと同様に悲しみを見せている。




その光景を、霊魂となったマサは満足そうに見ている。
もう思い残すことなど無い、と言うように。
穏やかな微笑みを見て、俺は仕事を遂行する。
その場に“人”には見えない光が満ちる。
霊体と魂とが分かれ、魂は“次の命”を賜るまでの間あるべき場所へ、霊体はその場で霧散する。
光は空気に溶け、大気に乗る。
大切な人を見守るために。

芦原マサの魂はこうして、あるべき場所に還っていった。



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