世界が終わる音を聴いた

権力とその顔に、ルナが靡かなかったことにひどくプライドを傷つけられた酋長の息子は暴挙に出る。

『ハデスと言う者を知っているか?』

娘の亡骸を突きつけて、薔薇屋敷の旦那様に問うたと言う。
黒髪の使用人の噂はあの街ではあまりに有名だった。
誰が言うでもなく“ハデスと言う名の黒髪の男”がルナの想い人だったということが露見した。
それと同時に、ルナが死んだと言うことも。
けれどそれは酋長の権力によりねじ伏せられ、息子の名誉は保たれる。
“黒髪の使用人”を好きになるなど、ただの変わり者の娘だった、と結論付けてこれまでと変わらぬ生活をするのと正反対に、薔薇屋敷の旦那様は娘を亡くしたことへの深い悲しみから伏せがちになったという。

「――そのようにあらましは、聞いている。何が面白いのか、そこのふたりがこぞって面白そうに話していたよ」

まるで異形のものを見る眼差しで旦那様が言い放つ。
そして俺を同情の眼差しで一度見ると、最後の慈悲をかける。

「ハデス、お前はどうする?」
「どうする、とは」
「まだ街人がここに来るには少しかかるだろう。私はたまたま、通りかかったところを見つけたことにもできる。暴漢の仕業とでっち上げることもできる。……このまま、逃げることもできるはずだ」
「逃げる、だと?」
「そうだ。私はね、ハデス。……中々、君のことが嫌いではなかったよ」
「それは似た境遇の同情からですか」
「……そうかもしれない。しかし、それもまた、事実だよ」
「そうですか。でも……、ここに俺の居場所はもう、ありません。結論は変わらない」
「そうか。……残念だよ」

本当に悲しそうに言うものだから、俺は思わず、ありがとう、とお礼を溢していた。
旦那様が後ろを向き、俺は銃口を自らの頭に突きつける。

ルナ、君が最期に思い浮かべた景色はどんなものだっただろう。
唇を交わしたあの日見た景色が思い浮かべた最後であれば、俺は……。

『ハデス、こっちに来て。早く』

幼い日のあの頃のように、ルナの呼ぶ声が聞こえる。
今いくよ、そこに。
パン、と乾いた音が響き、俺は命を放棄した。





――これが、俺がまだ“生きていた”頃の出来事だ。


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