世界が終わる音を聴いた

玄関を開けると、夕食を準備しているのだろう、ご飯の炊ける匂いがした。

「ただいま」
「お帰りなさい」

台所で手を動かす母の背中に声をかけると、母は一瞬だけこちらを見やり、返事だけ返してそのまま作業を続けた。
私はその後ろ姿をぼーっと見つめる。
雑多なままの思考回路で、話しかけるわけでもなく、その背中を見つめる。
母の幸せとは、どこにあるのだろう。
私にとって、幸せって、生きるってなんだろう。

「うわっ、ビックリした!まだいたの?」

とっくに部屋へと戻っていると思ったのだろう、母が振り返り驚いた。
心臓に悪いわね、とは娘に向かって心外な。

「お母さん」
「なに?」
「うん」
「何よ?」

自分から話しかけたくせに、問いかけに答えられず沈黙する。
私は何を言いたかったんだろう。

『お母さん、幸せ?』

問いたいことは、空気に乗らず、音にならない。
聞いちゃいけないことではなく、世の中にはごくありふれた質問。
けれど私は何故かそれを口にすることができない。
自分でも、何故かなんてわからない。
本当に問いたいことは音にならないけれど、似て非なる事を口にする。


「……今度の週末、学くん、来たいって。都合聞いといてって言われたから」
「……そう。いつまでたっても、本当に……。ありがたいやら、申し訳ないやら、ね」

不幸か、と問われればそれは否だ。
幸せか、と問われればそれはとても、迷う。
幸せじゃない、と言うのは嘘だけど……
ヒナちゃんがいれば、もっと、幸せ。


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