世界が終わる音を聴いた
「ただいまー」
帰宅をすると、母の笑顔が飛び込んでくる。
灯る家の明かりにホッとする。
昨日と同じような今日が、こんなにも尊いこと。
平凡な毎日は、奇跡みたいなものだってこと。
嫌と言うほど分かってたはずなのに、いつの間に私は忘れていたんだろう。
「おかえり」
ひょっこりと顔を出した何も知らない母に出迎えられ、暖かく穏やかな家族の空間へと迎え入れられた。
帰宅時間は22時を迎えようとしていたけれど、父はまだ晩酌をしているようだ。
お酒の入った赤ら顔で、機嫌良さそうにテレビを見ている。
画面にはスポーツニュースの映像だろうか、野球が映っているところを見ると、どうやら応援しているチームが勝っているらしい。
何ていつも通り。
何て暖かい。
何て……尊い日常。
「ごはんは?食べたの?」
「ううん、食べてない」
「なにしてたの。食べる?」
「い、」
要らない、と言おうとして思い止まる。
「うん、食べる」
「待ってなさい」
「……ありがとう」
「……こんなことであんたがお礼言うなんて。珍しいわね」
熱でもあるの?なんて、冗談めかして言う母は、直ぐにご飯を用意してくれた。
残された時間、できることは少ないだろう。
夢を叶えることも、恋を叶えることも、あと7日しかない今、叶ったところで悲しいだけだ。
けれど、側に居る人に感謝を贈ることは、残された時間でも精一杯できるはずだ。
口に運んだご飯が、今までレストランや結婚式で食べた、どんな豪華な食事よりも美味しく感じた。