世界が終わる音を聴いた
「このままだと私は、留まることになりかねなかった。だからでしょう?……ありがとう。それが仕事だとは言っても、やっぱり優しいよ」
「誰にでも、と言うわけではない」
今まで見たこともないような切ない顔で私を見つめる。
ハデスが何か言おうとした、その時。
「千夜子?起きてるの?」
コンコン、と速いノックと共に勢い良く扉が開いた。
開いた扉のそこには、母がエプロン姿で立っていた。
「何、あんた寝てないの?ご飯食べる?」
「えっと、うん。食べる、食べてからちょっと寝る」
「あっそう。いいふうに休みを貪るわねー、良いわね、独身の実家暮らしは」
「いつも感謝してます」
「もうすぐできるから、いっぺん顔洗って降りてらっしゃい」
母はマシンガンのように言うべきことを言いたいように言って部屋を去る。
母が去った部屋は静かで、時計の音が響く。
振り返ると、いつの間にかハデスは居なくなっていた。
まるで初めからそこには居なかったみたいに。
でもハデスは確かにそこに居たし、私はハデスと話しをしていた。
霧散する霊体、還る魂。
未練を残したものは魂ごと引きずられ、縛られて留まると言う。
それならハデス自身は?
ハデスは自分を、魂を送る者だと言った。
それは多分、ひとつの答えなのだろうけれど。
何故ハデスは“私”の元へ来てくれたんだろう。
ハデスは何者なんだろう……?
考えても、そこにはすでにハデスの姿はなく誰も答えを教えてはくれない。
時計を見ると時刻は7時を少し回ったところ。
着替えを済ませて降りていくと、食卓に、湯気の立つお茶とお味噌汁、納豆と昨日の残りのいんげん豆のごま和えが並んでいた。