世界が終わる音を聴いた
「あの頃のあなたは、世の中の求める何かにはなれなかったかもしれないけれど、誰かの心に深く突き刺さる何かをちゃんと持っていたの。そしてそれは、今も、よ」
真っ直ぐ私を見るその瞳は澄んでいて、シキさんのその言葉こそ私の心に深く突き刺さる。
夢を掴むことができなかった私の、ひとつの夢の形だと思った。
「あなたの夢はもう、終わりなの?」
その問いかけに、私は深く頷いた。
「そう、残念だわ」
「でもそれは、私にとっては……ずっとほったらかしで宙ぶらりんだったものをようやく終わらせられた、ってことなんです」
「そう」
「……シキさん、リクエストしてもいいですか?」
「歌える曲であれば」
「古内東子の、Beautiful Days」
私のリクエストに、シキさんはきゅっと目を細めて、優しく微笑んだ。
たぶん、それは了承の意。
シキさんは何も言わずに立ち上がる。
必要な楽譜だったりを取りに行くのかと思いきや、そのまま真っ直ぐピアノのもとへ向かった。
真っ直ぐ延びた背筋は、凛としていて薔薇のようだ。
シキさんはそっとピアノをひと撫でして、椅子に浅く腰かけた。
そしてこちらを見ることなく、優しく演奏が始まる。
原曲通りじゃなくアレンジをされたその曲は、シキさんのメゾソプラノで彩られる。
涙が出るほど暖かくて、優しくて、切ない。
“Beautiful Days”
毎日いろんな事がある。
悲しい日も、苦しい日も、憎しみの感情を抱く日も、頭が煮えそうなほど負の感情が渦巻く日も。
けれど、同じのように喜びも、幸せも日々の中にきっとある。
それはつまり、日常。
だから日々は美しい。
その全てを受け入れられたなら、いつか、受け入れられたなら。
その日々はきっととても、愛しい。
今更そんなことがわかる。