ビンの中の王子様
その時、裕香の背後から声が上がった。

「裕香ちゃん!」

しまった!という顔をしたのは、裕香も偽王子も同時だった。

「・・・ってか、思いっきり偽名名乗ってんじゃねーよ、なにが真由だよクソガキがっ!」
忌々しげに小声でつぶやく偽王子を背にして、裕香は振り返る。

思いっきり天使の笑顔だった。

「えんちょー先生、こんにちはあー!」

振り返った裕香の視線の先には、ドラえもんがちょっと痩せた体型の中年女性が、困った顔をしている。

ふたりにとってありがたくない状況を提供しそうな人物、園長先生だ。


「何をしているの?今はみんなと教室にいる時間でしょう?」
その表情は、裕香の背後にいる若い男を見たとたんにさっと曇った。

「どちらさま?保護者の方ですか?・・・日本語はわかります?」

「・・・えーと・・その」
さすがに言いよどむ偽王子の姿を、園長は老眼鏡を右手ではずしながらまじまじと見た。顔がさらに曇る。

無理もない。偽王子のミテクレは、明らかに不審者だ。

だけど、『一般的な不審者』からかけ離れすぎて、園長は明らかにとまどっている。

髪は金髪、顔は西洋人、着ている服はタンクトップにチョーチンブルマー。

幼稚園にこんな姿で現れるのは、公演を依頼された子供劇団の役者だけだろう。



サクサクと砂場の砂を踏み、園長先生は毅然とした様子で裕香の隣に立った。

きっと園長は、不審者撃退のシュミレーションを頭の中で展開しているのだろう。
顔は真剣そのもの。裕香をそっと自分の広い背中の後ろにかばうようにした。

「ここは幼稚園ですので、関係者以外の立ち入りは禁止されているのですが。何かご用事でも?」

「えー・・・・あー・・・えー」

この正統派のつっこみに、さすがに悪態をつくわけにもいかず、偽王子は言葉を探しあぐねていた。その青い目が、宙をさまよっている。


と、その時。


「この人は、私のおにーさんですっ!」


園長の背中で裕香が叫んだ。


「サンフランシスコに住んでいる私のお姉さんのだんなさまですっ!」



  ・・・・んなわけねーだろおい。

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